大判例

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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)1894号 判決

控訴人兼附帯被控訴人(以下、第一審被告という) 日立造船株式会社

右代表者代表取締役 永田敬生

右訴訟代理人弁護士 忽那隆治

同 伊東すみ子

被控訴人兼附帯控訴人(以下、第一審原告という) 長主淳子

〈ほか二名〉

第一審原告ら訴訟代理人弁護士 上田誠吉

同 白石光征

主文

一、原判決を次のとおり変更する。

二、第一審被告は、(イ)第一審原告長主淳子に対し金一四〇万〇、五三二円および内金三〇万〇、五三二円に対する昭和四六年一月二三日から完済にいたるまでの年五分の割合による金員、(ロ)第一審原告長主敦子および同長主久史に対しそれぞれ金五〇八万〇、四六二円およびこれに対する昭和四六年一月二三日から完済にいたるまでの年五分の割合による金員を支払わなければならない。

三、第一審原告らのその余の請求(第一審原告長主淳子のその余の附帯控訴請求を含む)をいずれも棄却する。

四、第一審原告長主敦子および同長主久史の附帯控訴をいずれも棄却する。

五、訴訟費用は第一および第二審(附帯控訴費用を含む)を通じて三分し、その一を第一審被告の、その二を第一審原告らの連帯負担とする。

六、この判決の第二項に限り仮に執行することができる。第一審被告において、(イ)第一審原告長主淳子のため金一四〇万円、(ロ)第一審原告長主敦子および同長主久史のためにそれぞれ金五一〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一審被告代理人は、「原判決中第一審被告の敗訴部分を取り消す。第一審原告らの請求を棄却する。訴訟費用は第一および第二審とも第一審原告らの負担とする。」との判決、附帯控訴につき、附帯控訴棄却の判決をそれぞれ求め、

第一審原告ら代理人は、控訴棄却の判決、附帯控訴として、「原判決中第一審原告らの敗訴部分を取り消す。第一審被告は第一審原告長主淳子に対し金九七八万九、四二一円および内金六七八万九、四二一円に対する昭和四六年一月二三日より完済にいたるまでの年五分の割合による金員を支払わなければならない。第一審被告は第一審原告長主淳子、同長主久史に対し、各金四七九万九、六二〇円および同金員に対する昭和四六年一月二三日より完済にいたるまでの年五分の割合による金員を支払わなければならない。訴訟費用は第一および第二審とも第一審被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言をそれぞれ求めた。

当事者双方の事実上および法律上の主張は、次に付加するほか、原判決書の事実欄に記載されているのと同じであるから、これを引用する。

(第一審被告の主張)

一、大森義和の行為は重過失にあたらない。

(1)  本件冷凍庫の内側が強度の可燃性を有していたことについて。

本件冷凍庫の内側がコルク類をピッチで固めた非常に可燃性の強い材料を使用していたことは客観的な事実であるが、そのことを確実に認識しており、あらかじめ大森に対し溶接部の裏側にはそのように高度の危険が潜在する材質の個所があり、またはありうることを告知できる立場にあったのは、一等航海士たる長主節省を含む本船舶乗組の職員ないし部員であり、逆に大森としてはそれを期待する立場であった。すなわち、一般に入渠中の当直士官は、「溶接作業を行なった個所およびその裏側、下側などはとくに入念に巡視を行なう」べきであるから、本件冷凍庫内側のように強度の可燃性のある材質が用いられている個所については、当然あらかじめ溶接作業の担当者に警告を与えるのが相当である。

しかるに、本件にあっては、そのような個所があり、またはありうるから留意せよとの注意を一等航海士の節省からはもとより、その他の本船舶側のだれからもまったくされなかった。したがって、大森としては特別の周到入念さまでを用いることなく、いわば念のためにという程度の意識をもっての行動に終始したのは無理からぬところであり、同人の行動(不作為)に対する評価あるいは非難を論ずるについては、その点を考慮しなければならない。かように本船舶側から右の点につきいかなる情報をも与えられることのなかった大森に対し高度の注意義務を課するのは非合理であり、同人の行動を重過失をもって非難することは、その前提を誤ったものといわねばならない。

(2)  誤認個所の壁に存したとされる溶接痕跡について。

原判決は、大森が誤認した個所は、本件溶接工事の三日前に鋼板で穴をふさいで溶接したので、その痕跡は大森が観察すれば容易に識別できたはずであると推論するが、右溶接の痕跡は大森が現実に観察した冷凍庫室直角部から一メートル以上も離れており、しかも庫内には光源を欠き、わずかに外部から入る明かりでもうろうたる状況であったため、同人は懐中電灯で照らし相当の努力を払ったにもかかわらず、ついにその痕跡を見出し損ねたのであり、これをもってわずかの注意もしなかったから重過失にあたるとするのは失当である。また原判決は、溶接個所の表で裏側に人がいて叩いて合図さえすれば誤認の機会はありえないとする立場をとっているが、大森は当時ただ一人で安全確認にあたっていたので、そのように特別に周到かつ入念な配慮を要求することは理由がない。

したがって、いずれにしても、本件の場合大森に重過失を認めるに由なきものである。

二、相当因果関係は存在しない。

失火者としては、一般に自己の行為の結果として、消火活動が行なわれるという予見は常にあるとみてよいであろう。しかし、いかなる場合でも消火ないし消火活動を職務上の行為として行動するほどの者は、相応な知識と経験ないし訓練にもとづき自己を守るのに足りる技能をもってするのであって、危険に対して無防備に等しい者が積極的あるいは能動的に火災に挑み消火を試みるというようなことは、まったく蓋然性のないことであって失火者の予見可能性の限界を越えているのである。

本件についてこれをみるに、長主節省は、本船舶には「消防装具としての呼吸具、安全灯、命綱が完全にそろっているのに、そのいずれをも用いず、呼吸具の代りに防毒マスクを着用し、安全灯の代りに普通の電灯を携帯し、命綱に代るべき用具は全く着けないという無防備状態のままで、しかも他の防毒マスク着装者が息苦しくなって次々と退避していた冷凍食糧庫室の中へ再度突入した(その際再度突入しなければならないような切迫した事情は何もなかった)という冒険主義的行動を敢えてしたのであって、これは正に常軌を逸した無謀な行為であり、このような場合にまでも予見可能性を拡げることは、まったく合理性のないことである。

三、被害者側の過失は極めて強度のものである。

(1)  仮に失火と死亡との間に相当因果関係が認められるとしても、過失の割合につき原判決が大森の五分の四に対し、被害者側は五分の一にすぎないとしたのは失当である。

(2)  長主節省の過失について。本船舶には、船舶消防設備規則に定める「消防員装具」としての呼吸具が備えつけられており、これを着装さえしておれば、一酸化炭素中毒にかかることは絶対にあり得なかった。しかも、本件の場合、被害者たる節省においてこれを着装する意図さえあれば、右呼吸具は何時でも利用できる状態にあったのであり、その不着装を正当化する理由は何もない。被害者節省の過失は二割を超えるものである。

(3)  船長の過失について。本件における被害者長主節省は、一等航海士で甲板部の安全担当者であり、本件火災は船長および船員の乗り組んだ船舶という特殊な場において生じたもので、さればこそ同人の消火活動が職責遂行のためにされたものであること、他方において、船長は常に一等航海士を含む全海員を指揮監督すべき立場にある。しかしながら、本件消火活動における本船舶乗組みの海員各自の行動たるや指揮統率系統あるいは作業配置のごときはまったく支離滅裂の観を呈しており、とくに節省の火災現場への再度突入の行為の外形は高度に専門的であるが、その準備の実質は防毒マスクを呼吸具と同視するという素人同然のものであり、命綱の装着を忘れているという点においては素人以下であった。本件船舶の船長たる地位にある者は、少なくともこれを未然に阻止すべきであったのであり、その独走を許した点において重大な過失があるといわねばならず、そうである以上、本件事故発生につき被害者側の過失として斟酌されるべき程度は五割を超えるものと評価されるべきである。おな、本件船舶の船長の過失が、海難審判における裁決において、「過失と認めるまでもない」とされたのは、「戒告」にあたるか否かの観点からされたものであって、過失相殺の場合の被害者側の過失の評価としてなされたものではない。いずれにせよ、この船長と節省の過失は一体として五割を超えるものである。

四、船員保険法による給付の損益相殺について。

(1)  原判決は、船員保険法にもとづく遺族年金はそれが現実に給付された部分についてのみ代位を生ずるから、その部分についてのみ損益相殺の対象になると判示している。しかしながら、遺族年金と損害賠償は両者ともまったく同一の事由から発生し、損失補償のため重複的あるいは相互補完的に機能するものである以上、将来受給さるべき分についても、その現在価は、受給者が相続した死亡者の逸失利益の損害賠償請求権の額から控除するのが衡平の原則に合致し、かつまた、本件の場合控除の対象となる損害金は第一審原告淳子の相続した節省の将来の喪失利益であり、右将来の損失を現在の損失と考えることが許されることとの権衡上からしてもそのように解すべきである。

(2)  また原判決は、給付額の代位につき、その範囲を過失の割合に応ずる五分の四相当額に限定しているが、これは不当である。もともと給付受領者は、保険者と賠償責任者との一方または双方に対し合計してその賠償額(相殺後の残額)以上は請求できないのであるから、保険給付の金額について代位が行なわれたとしても当然のことであり、これを不利益ということは理由がない。したがって、過失割合によって代位の範囲が減縮されると解すべき根拠はない。

(3)  第一審原告長主淳子は、船員保険法による遺族年金として、昭和四八年二月、五月、八月、一一月にそれぞれ各月を含む前の三か月分として一七万三、九九五円ずつを、同四九年二月に右と同様三か月分として二四万四、六一九円の給付を受けたので、この受給額も損益相殺に供されるべきである。

(第一審原告らの主張)

一、大森義和の重過失について。

本件火災は、大森義和の電気溶接個所の裏側確認を誤った行為に基因するものであるが、この確認は原判決も指摘するとおり、「引火等の危険の有無を調査するという、溶接作業の前後を通じて要請される基本的な作業」であって、同人もこれを熟知しており、この基本的作業において大森は幾重にも重大な過誤をおかしたのである。

まず大森は、直接の火の元になったサポート個所は冷凍機室には存在しないのであるから、わずかの注意力を用いれば、溶接作業班長の地位にある者として容易に発見しえたはずであり、すでにこの点において同人に重大な過失があることを免れない。また、冷凍機室の工場に面した部分には、原判決も認定するように、数日前大森の班において溶接をした痕跡が残っていたのである。大森はそのことに少しも思いをいたさず、まったく軽卒であった。右溶接の痕跡は、懐中電灯をもつ手先をほんの少し左右に動かせば照らし出される距離にあり、暗くて確認しにくいならば確認作業の重要性からいってむしろより慎重に点検すべきだったのである。大森は、本件溶接作業が終了した直後の確認についても再び同一個所を確認するという同じ誤りをくり返し、しかもその個所が溶接前と何ら変化していないのを不思議とも思わなかったし、あとの確認はざっとしか見なかったというのであるが、これはおよそ溶接作業の担当者としてはあるまじき態度というべきである。

一般に入渠中の船舶の当直士官は「溶接作業を行なった個所およびその裏側、下側等はとくに入念に巡視を行なう」べきものであったとしても、それは船舶側において、自己の保安上配慮すべきことであって、そのことが直に右のような警告を与えるべき根拠にはならない。ドック側が請け負った工事については、その安全確保、危険防止をドック側において責任をもってすべきは当然であり、それゆえにこそ、ドック側も作業の安全基準を設けているのである。したがって、前記のような警告がなかったからといって、第一審被告の主張するように、「大森としては、特別の周到入念さまでを用いることなく、いわば念のためにという程度の意識をもっての行動に終始した」ことは絶対に許されないところである。

本件の場合に溶接個所の誤認を防ぐ最適の方法のひとつは、原判決も指摘するように、「溶接個所の表と裏側に人がいて叩いて合図」することであった。第一審被告は、大森はただ一人で安全確認にあたっていたから、直ちにそのようなことができるわけもなかったというが、これはまったく的はずれないい分であって、そもそも一人で確認したこと自体が誤っていたのである。

以上に述べたとおり、大森の行為はいずれの点からみても極めて重大な過失というべく、もはや弁解の余地はなく、原判決の認定は正当である。

二、相当因果関係について。

第一審被告は、長主節省の行為が、常軌を逸した無謀な行為であったから、予見可能性がなかったと主張する。しかしながら、第一審被告の右主張は、後になって判明した火災当時の客観的状況をもとにした結果論的な議論であって不当である。

たしかに本件火災によって噴出したガスは、一酸化炭素であった。だから有機ガス用の防毒マスクよりは呼吸具を装着すべきであったのであるが、火災当時そのガスが一体どういうガスで、またそれがどの程度に濃かったかについて的確に判断できる状況になく、事実誰も判断することができなかった。一酸化炭素に有効な呼吸具を着用した山口二等航海士を除けば、誰もが防毒マスクを着用して消火活動にあたったのである。山口二等航海士自身も、そのガスが一酸化炭素であることに気がついて呼吸具を用いたというのではなく、防毒マスクをつけようとしたところ、すでにそれが見当らなかったので、呼吸具のことを思い出しそれを着用したにすぎないのであって、それまで誰も呼吸具を使用した者はいなかった。このように誰もが防毒マスクを着用し、または着用しようとしたことについてはそれなりの理由があった。まず火災発見後、直ちに行なうべき状況確認と初期消火のために、もっとも数が多く、かつ、随所に配置してある防毒マスクを使用したということであり、そして出火場所が確認されたあとでは、その出火場所は冷凍庫の断熱材であって、それにはピッチという石油系のものが使用されているから、有機ガスが発生していると判断されたということである。節省も出火場所をはっきり確認していたのであるから、二回目に冷凍庫に入ったとき、一回目と同様のマスクをつけていたのは、矢張り右と同様な判断に立っていたに相違ないものと思われる。そして、この節省の消火活動は、火災発見後直ちに行なわれ、一回目と二回目との間には数分とは間隔がなかったのであるから、二回目もまさに一回目と同じく初期消火というべきものであったのであり、この間に評価を異にすべき合理的理由はない。さらにまた、防毒マスクはたしかに有機ガス用ではあるが、酸欠状態にはまったくの無能力ではなく、結局酸欠状態の程度によるものであることは、これを使用したことがある者にとっては経験則であった。しかも、節省は二回目の消火作業にとりかかる際には新らしい防毒マスクと取り替えていたのであり、このように同人は極めて慎重であったのである。なお、第一審被告は、節省が安全灯、命綱を使用しなかったことを非難するが、同人は安全灯に匹敵するニッコウライトを所持しており、その他煙管服、安全鞍などをつけており、命綱は現場の状況からして、かえって消火活動の障害になるし、むしろ危険であるというので使わなかったのである。

これを要するに、節省の消火活動は、「無防備に等しい者の常軌を逸した無謀な行為」では断じてなく、むしろ危急に際しての職責上当然の行為にすぎなかったのである。したがってまた、同人が防毒マスクの機能を過信したとしても、それは本件重過失と同人の死亡との間の因果関係を中断または不存在ならしめるものでは決してないのである。

三、過失相殺の主張について。

第一審被告は、被害者側の過失が五割を超えると主張するが、それはまったく根拠がないことである。すなわち、節省の消火活動について、当時の状況のもとにおいては何ら過失と認められるべき点がないことについては前述したところであり、原判決が節省の過失を二割と評価したのは不当である。

第一審被告はまた、本件船舶の船長にも過失があったからこれをも斟酌すべきであると主張する。しかし、平岩船長は火災の報告を受けるや、直ちに消防車を手配させ、冷凍室に風穴をあけさせ、また山口二等航海士をして被害者を救出させるなど、適切な指揮作業をさせたのであり、当該状況のもとにおける船長として何らかの過失があるとすることはできない。仮に船長に些少の過失があったとしても、それは直接節省には関係のないことであって、第一審原告らの第一審被告に対する損害賠償請求にあたって斟酌することは不当に賠償額を減額することになり許されない。なお、海難審判における裁決においても、平岩船長のとった行動は「当時の状況に徴し過失と認めるまでもない」とされている。

四、第一審原告淳子が第一審被告主張のとおり昭和四八年、同四九年に船員保険法による遺族年金を受給したことは認める。

五、附帯控訴について。

(1)  生活費の控除。節省は一等航海士として、一年のうちほとんどを船上ですごし、その間食糧、衣服は全部船主側で負担し、自己の支出は嗜好品位であり、船上では購入費消すべき商品もない。他方、船員の給与は高額であるため、そのなかで生活費の占める割合は極めて微々たるものであって、一〇%にも達しない位である。したがって、生活費の控除は多くても一〇%程度にとどめられるべきである。

(2)  過失相殺。節省の行為について、終始過失と認められるべき点のなかったことについては前述したとおりであって、本件においてはもっばら大森の重過失のみを取り上げられるべきであり、過失相殺されるべき何ものもない。

(3)  慰謝料。原判決は、第一審原告らの慰謝料は、淳子については二〇〇万円、敦子、久史については各一〇〇万円、合計四〇〇万円が相当であるというが、これは余りにも低額にすぎる。一家の働き手を失った遺族が、物質的および精神的に今後極めて困難でつらい生活を強いられることは想像に難くないところであり、とくに淳子は幼い二人の子供をかかえ、前途は多難きわまりない。一方、第一審被告側は、本件の損害賠償についてまったく誠意を見せず、かつ、自ら支払った二五〇万円についても、自己の得意先である極洋捕鯨に対してする支払の趣旨であり、長主の遺族には一文も払ったつもりはないなどとも云っている。かようなわけであるから、第一審以来第一審原告らの請求している慰謝料は決して高額でなく、むしろ控え目なものであるから、その請求全額が認容されるべきである。なお、節省のような地位にある海員の職務上の事由による死亡の場合の死亡給付が、労働協約の改訂により昭和四七年四月一日から従来の四〇〇万円が一、〇〇〇万円に引き上げられたことも考慮されるべきである。

(4)  弁護士費用。第一審原告淳子は本件訴訟の第一審および第二審の訴訟追行を弁護士上田誠吉、同白石光征に委任し、その弁護士費用として三〇〇万円を支払う旨を約定したが、右弁護士費用は本件不法行為と相当因果関係があるので、これを請求する。

(証拠の関係)≪省略≫

理由

一、原判決書に記載の請求原因第一および第二項の事実は当事者間に争いがない。

二、当裁判所も、本件火災の発生が大森義和の重過失によるものであって、長主節省の死亡事故と右失火との間に相当因果関係があり、また第一審被告が本件不法行為にもとづく債務を承継したものと判断するところ、その理由は、次に付加・訂正するほか、原判決書の理由欄第二ないし第四項に記載されているのと同じであるから、これを引用する(原判決書一四丁表三行目冒頭より同一八丁裏一行目末尾まで参照)。

(一)  大森義和の重過失について

本件溶接工事の施行にあたっては、その現場作業の指揮にあたる専門的立場の大森において、工事施行の安全を期するために施行個所およびその周辺の構造、材質、施設等を周到に調査検分して確認すべきであり、その方法としては、それらを知悉していると思われる船長または一等航海士その他責任のある乗組船員らにも協力を求め、それらの状況についての予備知識をえたうえで、たんなる目測や歩測に頼ることなく、巻尺その他の計測器具を用い、補助者とともに内外相呼応して合図しあうなどの手段があり、それらの調査検分ないし確認の場所に光源が乏しい場合にはなお一層強力な光源を持ち込むなどして入念周到に検分ないし確認を行なうべきである。そして、≪証拠省略≫によれば、本件溶接工事の作業にあたった作業員は大森以下一〇余名であったことがうかがわれ、当事者双方の主張に現われている作業現場の状況からすれば、以上の措置をいかに入念に行なっても極めて短時間内にそれを終り、そのために格別の労力を増すともいえないことが明らかであるにもかかわらず、それらの措置をとることなく、引用にかかる原判決認定のとおり施行個所の裏側位置の誤認、構造材の可燃性の見落しなどをし、それが原因となって引火を招いたのは、大森の職務上の重大な過失というのほかはない。

第一審被告が調査検分、確認すべき場所が暗かったこと、その確認が大森の単独行動であったこと、一等航海士らから事前に警告がなかったことなどを弁解の具とすること自体、以上の安全確認措置に欠けることのあるのを物語るものであり、単に念のために右確認行動をしたという主張は、さらに右過失の重大であることを示すのにほかならない。

≪訂正省略≫

(二)  本件死亡事故と失火との相当因果関係について

失火者としては、一般に自己の行為の結果として消火活動が行なわれるという予見は常にあるとみてしかるべきであるから、特別な事情のないかぎり、失火とそれによる火災の消火活動にもとづく物的、身体的損害との間には相当因果関係があるというべきであるが、その消火活動を行なう者が、たとえば住宅の所有者などの場合は別として、職務上の行為として行動する者にあっては、消火活動について相応の知識と経験ないし訓練にもとづき自己を守る技能を有することもまた右予見に含まれていることは当然であって、職務上の責任者として行動する者が消火活動に伴う危険に対しては無防備、無知識に等しく、自損行為にもあたる無謀な行動で火災に挑み消火を試みるなどということは全く蓋然性がなく、右の特別な事情にあたり、失火者の右予見の限界を超え、その消火活動による傷害、死亡と失火との間には相当因果関係を欠くものというべきことは、第一審被告所論のとおりである。

これを本件についてみるのに、亡長主節省が本件船舶の一等航海士であって、甲板部の安全責任者として同船舶上の火災について消火活動を行なうべき職務を有していたことは、第一審原告らもこれを明らかに争わないので自白したものとみなすべきであるが、同人が同火災の消火活動に伴う危険の防止に無防備、無知識に等しく自損行為にもあたる無謀な行動で本件火災の消火活動をしたとまではいえない。もっとも、同人にも、同人自身に生じた損害の発生について、次のとおり過失の一半のあることを否定できないが、それは過失相殺によってまかなわれることである。すなわち、本件船舶には消防員用具としての呼吸具、安全灯、命綱が用意されていたのに(≪証拠省略≫によると、右消防員用具を船舶に備えつけることが法定されているが、その個数については特段の指定がなく、本件船舶にはわずかに一組が備えつけられていたにとどまり、本件火災に際しては、その保管管理担当者たる二等航海士山口和貞が装着したことが認められる)、これを使用せず、呼吸具の代りに一酸化炭素に対し効果のない防毒マスクを着装し、安全灯の代りに普通の電灯を携帯しただけの装備で、他の防毒マスク着装者が息苦しくなって次々と退避していた冷凍庫室の中に、それらの者と共に一旦退避しながら、再度突入したことは、前記引用にかかる原判決の説示するとおり、同人がその職責遂行に熱意があったとはいえ、とくに前記のような地位にあったことを考慮するときは、軽卒のそしりを免れず、この点において同人に過失の責めがあるといわねばならない。ところで、本件火災によって噴出したガスが一酸化炭素であり、これを防禦し有効な消火活動をするためには呼吸具を装着すべきであって、有機ガス用の防毒面では効果のなかったことは前示のとおりであるが、≪証拠省略≫によると、本件火災発生当時は火災の原因、程度などは不明であり、また火災によって噴出したガスがいかなる種類のガスであって、どの程度の濃度のものであるかなどを的確に判断できず、かえって出火場所が冷凍庫室内であるため、その内部の断熱材が燃えており、それにはピッチが使用されているので有機ガスではないかとさえ思われたこと、そのため節省をはじめ消火活動に従事した者は、その後半においてわずかに山口二等航海士が呼吸具を装着しただけで、船内随所に配置してあった有機ガス用の防毒面を装着して作業に従事したが、その防毒面は濡れたタオルの代用程度の機能をもつにすぎなかったこと、節省ら火災発見と同時に現場に駆けつけた乗組員らは平素の消火操練によりできるだけ速やかに現場を確認し、初期消火につとめるため、取るものも取りあえず現場に駆けつけたことが認められ、これらの事実によるときは、本件火災が発見され緊急に早期消火にあたり、それほど規模の大きくない火災の消火にあたるに際し、節省らが有機ガス用の防毒面を装着して消火作業にあたったことをもって(後日判明した火災当時の状況を客観的に観察し、その処置の是非を論じ、過失ありとすることは別として)、あながち非難することができないのみならず、これを第一審被告の論ずるように常軌を逸した無謀な行為であるとまでいうことはできず、かえって本件事案におけるような場合に、節省のような行動に出る者がありうることは、失火者としても通常予見しまたは予見することができたものとみるのが相当である。したがって、本件失火と節省の死亡事故との間には相当因果関係があるというべく、節省の本件行動は失火者の予見可能性の限界を超え、両者間に相当因果関係がないとする第一審被告の主張は採用の限りでない。

≪訂正省略≫

三、財産的損害

(一)  節省の得べかりし利益の喪失による損害について

節省が訴外会社の一等航海士として本件船舶に乗り組み、死亡当時四一才の健康な男子であって、当時諸手当を含め年間二九二万二、一八八円の賃金を得ていたこと、訴外会社の定年が五八才であること、したがって節省が本件事故により死亡しなければ、なお一七年間就労することが可能であったこと、船員の乗船期間中食費は船舶所有者がその費用で支給しなければならないとされていること、節省が年間を通じてその大部分を乗船していたことは、原判決書の理由欄に記載されているのと同じであるから、これを引用する(原判決書一八丁裏四行目冒頭より同一九丁表六行目の「認められ、」まで参照)。

以上の事実に節省の収入、年令および同人がいわゆる世帯主であること、≪証拠省略≫(とくに節省は下船帰宅中家族とともに旅行して過ごしていることが多かった事実)を総合考慮すると、節省の生活費は、その収入の二〇%にあたる五八万四、四三七円と認めるのが相当であり、前記同人の収入から生活費を差し引いた一年間の実収入額は二三三万七、七五〇円(円未満切捨。以下同じ)となる。

右実収益の一七年間の総計額について、ホフマン式計算方法により年五分の法定利率による中間利息を控除して現在における一時払額を求めると、二、八二三万二、七七三円となるから、この金額が節省の得べかりし利益の喪失による損害の現価である。

(二)  過失相殺について

本件事故の発生につき、節省にも過失があったことはすでに判断したところであり、以上認定の事実のもとでは(一等航海士で本件船舶の消火活動を行なうべき職務を有した節省が呼吸具を装着しないままで再度火災現場に突入した相当重大な過失のあることをも併せ考慮して)、その過失の割合は大森、節省とも各二分の一(五対五)と認めるのが相当である。

第一審被告は、節省のほか、本件船舶の船長にも過失があり、これをも斟酌するように主張する。本件船舶において、従来法定の防火操練を必ずしも厳格に実施していなかったことは原判決書の当該理由欄中に示すところであるが、そのことから直ちに本件事故発生につき船長にも過失があったとすることはできないし、節省の前記職責とその過失の態様からすると、本件火災消火活動上の総指揮にあたった船長に過失があったともいえず、他に船長の過失を認めるのに足りる証拠はない。なお、昭和四八年八月一七日神戸海難審判庁のなした受審人平岩一正に対する裁決において、本件事故発生当時の状況に徴し船長平岩一正の過失を認めるまでもないとしていることは当事者間に争いがなく、このことは右判断の一資料ともなしうるが、それのみによって右の判断をするのではない。

よって、節省の右過失の程度を斟酌すると、同人が本件事故によって蒙った逸失利益の損失額は、前記二、八二三万二、七七三円の二分の一にあたる一、四一一万六、三八六円である。

(三)  第一審原告らの相続について

第一審原告淳子が節省の妻であり、第一審原告敦子および同久史が節省の子であることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、節省の相続人は第一審原告らだけであることが認められるから、第一審原告ら三名は節省の権利義務を法定相続分に従って承継し、各自前記損害賠償請求権の三分の一にあたる四七〇万五、四六二円を相続したというべきである。

四、慰謝料(精神的損害)

当裁判所も第一審原告らの精神的苦痛を慰謝するには、第一審原告淳子につき二〇〇万円、第一審原告敦子および同久史につき名一〇〇万円が相当であると解するが、その理由は原判決書の当該理由欄に記載されているのと同じであるから、これを引用する。

ところで、本件事故につき第一審原告らが弔慰金として昭和四五年一一月七日訴外会社から二五〇万円を受領したことは第一審原告らの自認するところであるから、その受領により前各第一審原告らに対する慰謝料額に按分し、同淳子に対する前記慰謝料中に一二五万円が填補され、第一審原告敦子および同久史に対する前記各慰謝料中に六二万五、〇〇〇円が填補されたとみるのが相当である。なお、第一審原告らが昭和四五年一一月七日節省の死亡当時の勤務先である極洋捕鯨株式会社から弔慰金一五〇万円の支払を受けたことも同原告らの自認するところであるが、その事実は第一審原告らの第一審被告に対する精神的苦痛に対する慰謝料請求とは関係のないことであるから、右支払金を第一審原告らの本訴請求にかかる慰謝料の一部に填補されるべき限りではない。してみると、第一審被告に対する慰謝料残額は第一審原告淳子において七五万円、第一審原告敦子および同久史においてそれぞれ三七万五、〇〇〇円である。

五、損益相殺と債権残額

(一)  災害補償について

第一審原告淳子が、本件事故に関し、災害補償として労働協約にもとづき四〇〇万円の支払を受けたことは同原告の自認するところであるから、その金額を同原告の受けるべき損害賠償請求権から控除しなければならない。

(二)  船員保険法による給付について

節省の本件事故にもとづく死亡により、第一審原告淳子が死亡当時船員の妻として、船員保険法所定の遺族年金を受けることになり、昭和四六年中に六九万三、二八一円、同四七年に六九万五、九八一円、同四八年に六七万五、九八〇円、同四九年二月にその月を含む前三か月分として二四万四、六一九円の各支給を受けたことは当事者間に争いがないから、同原告は本件口頭弁論終結時である昭和四九年三月二五日までに合計二三〇万九、八六一円を受領しているわけである。

ところで、第一審原告淳子の受けた右船員保険法にもとづく遺族年金給付と第一審被告に対する本件損害賠償請求権との関係については、当裁判所も次に付加・訂正するほか、原判決書がその理由欄に示しているのと同様に解するので、その記載を引用する(原判決書二一丁裏二行目冒頭より同二四丁裏八行目末尾まで)。

(イ)  代位の対象となるべき損害賠償請求権の範囲について考えるのに、本件の場合、第一審原告淳子は第一審被告に対し節省の逸失利益の全額について損害賠償請求権を有するのではなく、過失相殺により、その二分の一の金額についてのみ損害賠償請求権を有しているから、代位の対象となるべき損害賠償請求権の範囲は、前記給付合計額の二分の一に相当する一一五万四、九三〇円にとどまると解するのが相当である(原判決書二四丁表一行目冒頭より同丁表八行目の「相当である。」までの部分を以上のとおり訂正する)。

(ロ)  右のとおり、本件代位については、すでに給付を受けた分にとどめ、将来支給されるべき分をも控除すべきでなく、また代位の対象となるべき損害賠償請求権の範囲については、過失の割合によって限定すべきであり、保険給付の全額について代位を認められるべきでないとする理由は、引用にかかる原判決書理由の示すところのほか、受給者が将来死亡その他の理由で右年金の受給資格を失った場合に、もし将来にわたる年金額をも右代位の対象とすると、その事後処理が複雑で不合理になること、同年金は、保険対象の船員および雇主らに過失があると否とを問わず支給されるものであることを考慮すれば、その理由が一層明らかである。

(三)  債権残額について

上記のとおりであるから、第一審原告淳子は節省の財産的損害賠償請求権の相続人として四七〇万五、四六二円、同人の死亡による精神的損害による賠償請求権として七五万円、合計五四五万五、四六二円を有するところ、災害補償金として受給した四〇〇万円および船員保険法にもとづき受給した遺族年金のうち保険者代位の対象となる一一五万四、九三〇円を控除しなければならないので、その残額は三〇万〇、五三二円となる。

第一審原告敦子および同久史は、前記財産的損害賠償請求権の相続人として各四七〇万五、四六二円、同じく前記精神的損害賠償請求権として各三七万五、〇〇〇円、合計五〇八万〇、四六二円の債権を有することになる。

六、弁護士費用

当審における第一審原告長主淳子本人尋問の結果によると、同原告は自己および他の第一審原告両名の法定代理人として、弁護士上田誠吉、同白石光征に本件訴訟の第一審および第二審の訴訟追行を委任し、手続費用を含む着手金として二〇万円を支払い、かつ、事件が終了後謝金としてさらに三〇〇万円を支払う約定をしていることが認められる。本件事故のような不法行為による損害賠償請求をする場合に要した弁護士費用のうち、権利の伸張防禦に必要な相当額は当該不法行為によって生じた損害とみるのが相当であるが、その額は事案の難易、認容すべきものとされた損害額、委任の審級その他諸般の事情を総合考慮して決定すべきであって、委任者が支払を約した弁護士費用全額が損害となるものではない。これを本件についてみるのに、第一審原告淳子および同人の法定代理にかかる他の第一審原告らのための右弁護士費用として、第一審原告淳子に対し合計一一〇万円をもって第一審被告に賠償させるべき弁護士費用と認めるのが相当である。

七、以上に説示のとおりであるから、第一審被告は、第一審原告淳子に対し損害賠償金として一四〇万〇、五三二円およびそのうち弁護士費用を除く残金三〇万〇、五三二円に対する本件不法行為時の後である昭和四六年一月二三日から完済にいたるまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金、第一審被告敦子および同久史に対し損害賠償金としてそれぞれ五〇八万〇、四六二円およびこれに対する前記昭和四六年一月二三日から完済にいたるまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるといわねばならない。

よって、第一審原告らの本訴請求は、右の限度において正当であるがその余は失当として棄却を免れず、これと異なり控訴人の請求を排斥した原判決を変更することとし、また第一審原告淳子の附帯控訴は原判決の認容した限度を超えた部分につき理由があるにとどまり、その余は失当であり、第一審原告敦子および同久史の附帯控訴はいずれも失当であるためこれらを棄却し、訴訟費用(附帯控訴費用を含む)の負担につき民訴法九六条、九三条、九二条および八九条を、仮執行の宣言およびその免脱につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 畔上英治 判事 岡垣学 唐松寛)

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